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Laforet 2月号

「鬼は外福は内」

皆さんは節分がいつかご存知ですか。節分は、季節の始まりの日の前の日のことで、今年は4日が立春、春の始まりですから、その前の日、2月3日が節分です。ここ近年は3日ですが、4日や2日になることもあるそうです。

皆さんは節分というとどのような思い出がありますか。「鬼は外、福は内」私は豆まきを思い出します。小さい頃は本当に楽しみでした。この豆まきは、邪気払い、つまり悪いことを追い出すことを目的にしています。しかし、ここ最近変わってきました。恵方巻といって、縁起の良い方角を向いて、巻きずしを食べる、という風習が広がってきたのです。関西で行われていた風習を、コンビニやスーパーが全国へ広げていったようです。

さてこの「鬼は外、福は内」は、願いを悪いことが起こらないこと、漠然とした幸福に置いています。豆をまく時に「健康やってこい」とか「大学合格」ということを叫んだりはしません。しかし、恵方巻はそれぞれの思う願いがかなえられること、したいことが実現することを願って食べるのです。より願いが具体的になっている気がするのです。

悪いことが起こらないことを願うのではなく、具体的によいことがかなえられることを願う。皆さんが神様の立場で願いをかなえることができるとしたら、どちらをかなえてあげたいと思いますか。

新約聖書マルコによる福音書10章46節から52節まで、目の不自由なバルテマイがイエス様に助けを求めたお話があります。イエス様はバルテマイを見たとき、「わたしに何をしてほしいのか」と願いを具体的に問いかけられました。バルテマイは、「先生、私は幸せになりたのです」とは答えませんでした。彼ははっきり「先生。目が見えるようになることです」と具体的に答えたのです。イエス様はその言葉によって「さあ、行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです」と言われ、すぐにその願いをかなえようとされます。バルテマイはすぐに目が見えるようになり、イエス様に従う人になりました。

もちろんキリスト教では節分の風習はないので豆まきは行いません。しかし、バルテマイが「私を不幸から守り幸福にしてください(鬼は外、福は内)」とイエス様に言ったら、イエス様はどのように答えられるでしょうか。目の不自由なままで、他の喜びを与えたかもしれないのです。

皆さんは神様に祈る時、漠然とした幸せや健康を願っていませんか。漠然としたものではなく、み心にかなったより具体的な願いを祈ってみてはいかがでしょうか。その祈りに神様は答えを与えてくださるはずです。