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Laforet 9月号

   「明の明星」  亀甲山教会牧師 伊藤裕史

皆さんは最近星空を見たことがありますか。実は8月から9月にかけて、日の入り後、地球に近い惑星である金星、火星、木星、土星がきれいに見えています。韓国での宣教大会の時、会場からバスへの移動の最中に空を見上げたら、これらの星がきれいに見えていました。実はこの時期、日の入りから、それぞれの惑星の側を月が通って行くのを見ることができます。9月の前半には金星の側を月が移動しているそうです。太陽に近い惑星ですので、日の入り直後になると思いますが、ぜひ今日星空を見上げてみて下さい。

聖書の中に、この金星が出てきます。金星は太陽に近く、明るく輝く星なので、とてもきれいなものの象徴として描かれます。しかし、聖書の中では何故か、神様に敵対するサタンが金星に対してたとえられているのです。

イザヤ書を見てみましょう。「ああ、お前は天から落ちた/明けの明星、曙の子よ。お前は地に投げ落とされた。」(イザヤ14:12)

被造物の中で美しいものとして造られたサタンは、明けの明星、夜明けごろに見えるきれいな金星。しかし、天から投げ落とされたものなのです。なぜなのでしょうか。そのことについて聖句は続けています。

「かつて、お前は心に思った。『わたしは天に上り/王座を神の星よりも高く据え/神々の集う北の果ての山に座し、雲の頂に登って/いと高き者のようになろう』と。」(イザヤ14:13)

サタンは神様に造られた天使の一人でした。しかし、自分が美しいのに気が付いて、神様のようになろうと思ってしまったのです。エゼキエル書には、このサタンについて「お前の心は美しさのゆえに高慢となり/栄華のゆえに知恵を堕落させた。」(エゼキエル書28:17)と言っています。サタンは美しさのゆえに、自分の栄光を求めました。そして自分を認めてほしいという思いが、神様から離れてしまう罪を犯してしまったのです。

事実サタンは美しかったでしょう。ではサタンは何を勘違いしたのでしょうか。サタンは神様によって造られたもの。神様の栄光によって輝いていたに過ぎないのです。よく大きな会社で働いている人が、退職後、自分の姿に気が付くという話を聞くことがあります。会社の肩書で周りの人が自分を評価しているのに気が付かなくて、自分の実力だと思ってしまうのと似ている気がします。

そう考えると、私たちが見る輝く金星も、自分が光っているのではなく、太陽の光を反射して輝いて見えているにすぎません。私たちも同じです。神様がいらっしゃって、私たちがある。これを忘れないようにしたいと思います。