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Laforet 11月号

「神が報復される日」  亀甲山キリスト教会 牧師 伊藤裕史
イエス様が地上での働きを始められたころ、ご自分の故郷であったナザレを訪れ、礼拝を行うために、会堂、今の教会の礼拝堂にお入りになられました。この時、集まった人たちに、旧約聖書イザヤ書61章の言葉を朗読されたのです。それは次のような言葉でした。
「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、/主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、/捕らわれている人に解放を、/目の見えない人に視力の回復を告げ、/圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」(新約聖書ルカによる福音書4:18,19)
貧しい人達に福音、良き知らせを告げ、捕らわれている人、虐げられている人を解放し、目の不自由な人が見えるように、体の不自由な人に健康な体が与えられる。この世界で様々な日々の生活に苦しんでいる人に「恵み」となる知らせが語られたのです。イエス様が朗読された言葉は、もともと書かれているイザヤ書61章の中で「神が報復される日」と表現されています。
 皆さんは「報復」という言葉にどのようなイメージを持たれているでしょうか。私たちはどうしても「仕返しをする」というイメージを持ってしまいます。これは決して間違ってはいないでしょう。しかし何に対しての仕返しなのでしょうか。神様は誰に仕返しをされるのでしょうか。ここで語られている、起こるべき出来事は罪が引き起こしたものに対しての回復です。であるならば、神様が本当に仕返しをしたいのは罪なのではないでしょうか。しかし、報復という言葉が使われているところに、神様の思いが込められているように感じます。報復とは強い思いが込められた言葉です。神様は必ずそのために働いてくださるのです。
これは今も生きている言葉です。皆さんは今の生活に苦しんでいないでしょうか。心の怒りを誰にもぶつけられずにいないでしょうか。今回のコロナによって変えられた生活もその一つです。生活は変わり、不自由を強いられている。自殺する人のニュースも流れています。私たちの周りにも愛する人が亡くなっても葬儀にも参列できない人がいます。人と人との距離も広がって、話す機会が無くなっている人もいます。一人で苦しんでいる人もいるでしょう。確かに苦しんでいるのは私たちですが、私たち以上に怒り、悔しい思いをされているのは神様なのです。だから神様はこのことに怒りを覚え、報復する日を計画に入れておられるのです。
この神様がおられる限り、今の生活がずっと続くわけはありません。必ず乗り越えていくことができる。そのことを信じて歩んでいきましょう。