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メッセージ2020年5月20日

縁の下の力持ち ヨハネによる福音書2:1-12

皆さんおはようございます。横浜三育小学校チャプレンの伊藤裕史です。
今日はイエス様が行われた最初の奇跡、と言われる場面を見ていきます。
聖書の場所はヨハネによる福音書2章1‐12節。開いてみましょう。

新共同訳聖書では最初に小見出しが付いています。「◆カナでの婚礼」カナという場所で行われた婚礼、結婚式のお話です。

2:1 三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2 イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。

さあ、そこで何が起こったか。

2:3 ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。
2:4 イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」
2:5 しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。
2:6 そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。
2:7 イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。
2:8 イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。
2:9 世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、
2:10 言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」

簡単にまとめます。カナという町で婚礼、結婚式がありました。イエスさまも弟子たちも招待されました。イエスさまのお母さんのマリアもそこにいたと書かれています。当時は、お祝い事は誰でも参加してよかったのです。みんなでお祝いをしよう、そう思っていたからです。
でも、大変なことが起きました。お祝いのパーティーの途中で準備していた飲み物が足りなくなってしまったのです。そのことに気づいたマリアは、イエスさまに「どうしましょう」と相談にいきます。イエスさまは、初めは私には関係ないことでしょう、それに取り合わないのですが、マリアは、そんなことはお構いなしに、そこにいた召し使いたちに、「イエスさまの言うとおりにしなさい」と言います。そうするとイエスさまは、きれいな水をカメの中に満たして、それをパーティの責任者のところへ持って行くように指示します。何が起こったか。その水が素晴らしい飲み物に変わった、というお話です。

不思議な話です。そんなことがあるはずがない、と思うお話。これを奇跡と言います。だから、イエス様が最初に行った奇跡として、聖書の中では有名なお話です。でも、奇跡、水が他の飲み物に変わるか、そのことを今日お話したいのではありません。

実は、イエス様が「人を助けるとはどういうことか」を教えてくれるすばらしいお話だからです。結婚式で盛り上がっている時、飲み物がなくなってしまっては台無しです。招待している人たちも困ります。せっかく新しい出発をしようとしている新郎新婦にとって良い思い出が、悲しい思い出に変わってしまうでしょう。
そこでマリアとイエスさまが、誰にも気づかれないように、そっとそのピンチを救うのです。飲み物が足りなくなりました。マリアも、イエス様もお客さんもすぐにこう言うことができます。
「新郎新婦の準備が足りないからだ。それをチェックしなかった家族も悪い。なんで、ちゃんと準備しなかったのだ。」
もし、イエス様がそう言ったらどうなりますか。新郎新婦、家族に恥をかかすことになります。

私たちは正しいことだから、ということで、相手に恥をかかせないという思いやりを、よく忘れてしまいます。人のいる前で相手をけなしたり、答えにくいことを質問して追い詰めたりするのです。
振り返ってみると、私もこのことに気が付かなくて、いろいろな人を傷つけていたような気がします。決して間違ったことを言ってはいなかった。でも、相手を傷つけていた。
自分ではそんなことをしないように心掛けている人でも、逆にいやな思いをさせられた経験がきっとあると思います。
今、ステイホーム、家にいるということで、余裕がなくなっている、相手を思うことができなくっている人たちがたくさんいる、ということを聞きます。私たちも同じようでないとは言えません。自分は間違っていないから、自分が正しいから、そういう時の言葉に気を付けましょう。

私たちが、一番気をつけなければいけないのは、自分が正しいからと言って、人の前でけなしたり、追い詰めたりしてはいけないのです。その時は冗談のつもりでも、言われた人はとても傷つくのです。
マリアもイエスも、十分に飲み物を用意していなかった新郎新婦や家族の人を、一言も責めませんでした。大事なお祝いの席だったから、そして連携プレーで新婚カップルのピンチを救ったのです。
私たちは、周りにいる人のピンチ気が付いたら、どうするか。
さりげなく困った人を救う応援団とならなければいけません。私たちに水を他の飲み物に変えるような奇跡を起こすことはできませんが、相手を大切に思う心、思いやりの心で素晴らしいプレゼントすることができるのです。

皆さんも、家の中で、家族に対して、そして、学校に来た時には、大切な仲間に対して、素晴らしい応援団になってほしいと思います。

それでは今日も一日元気に過ごしましょう。